境界は超えないように気をつけるより超えて体感するのがいい(生成AIコーディング)

会社で生成AIを使って仕事をしつつ、家でも個人でCursorのUltra Planを契約して使い倒してみている

別に会社で使ってるなら家で契約せんでもよくない?って気もするし、自分のまわりの人に「家でも使おうよ!」と勧めるつもりも全然ないんだけど

じゃあ、なんで自分は家でも使ってるかって言うと「境界を知りたい」という気持ち。「ここを踏み越えたらおいしくない」みたいな境界

仕事だとどうしても、そういう境界がありそうだなって時点で踏みとどまって、踏み超えないようにしてしまう。でも、プライベートだと「構わん、行け」が気兼ねなくできる

あれ?ここに境界がありそうに思ってたけど、もうちょっと踏み込めるぞ?まだいける?あー!ここに境界があったかー!へー!みたいなの

git checkoutで作業内容を消されたり、ファイルを削除されたり、全然関係ないファイルを編集し始めたり、これ自分でやったら1分で終わることを10分ぐらいかけてやってるやんってなったり、gpt-5と口論したり(時間の無駄)

それ以外にも、全然関係なさそうなところをうろうろしてみたり、ヤクの毛刈りをはじめたり、しばらく触るのをやめてみたりとか、いろいろできるのがプライベートのいいところだよなぁって思う

おかげで仕事のときは「ここに境界があるんだよな」って考えながらシュシュっと進められていい

プライベートで使ってるのはそういう「壊してもいいおもちゃで遊ぶ」って理由が半分で、あとは単純に「おもしろいなー」って気持ちが9割だな

今日は大吉祥寺.pmに行って楽しかった